私は昔からガンコだった

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私は親二人とも小学校の先生、祖父は歯医者という家に育った。幼稚園のときからスキーへ行ったり、親の学校の校外学習に連れて行ってもらったりもした。 山も登り、白川郷へも行ったし、和歌山のすさみ町へ夏に行ったりした。 すべて特殊な思い出であるし、神戸で同様の体験、環境を持っている人は一人しか知らない。

白川郷の駐車場で見た満天の星屑と流れ星・・ 五箇山の夏の思い出。
白銀の世界への「一種独特な感動と胸がぎゅーっとなる嬉しさ」。
これらは私の今の音楽の根底でもあり、音楽や人への鍵でもある。

私は中学2年の2月5日に見た夢を生涯忘れないようにと、その頃の感想、そして「なりたくないイヤなオトナの部分とは?」を未来の自分へのメッセージとして残してきた。
これを守ってきたがゆえに、今でも年齢を関係なく、いろんな仲間との交流が出来ているのだと思う。

過去に私のそんな姿勢を否定し、是正しようと「嫌がるのに無理やり」余計なお世話に修正しようとしてきたやつもいた(友ではない・・笑)が、私はかたくなに「私を変えずに」いた。

だから、今、オーケストラが出来るくらいの素敵な仲間に恵まれている。

ガンコにならなくちゃいけないこと、忘れてはいけないこと、変わらなきゃいけない部分と、変えてはいけない部分・・・ ひとそれぞれかもしれないが、私はその選別に過敏になって今まで生きてきた。 冒頭の私の経験と同じような経験をした人に出会うため、夢の中のあの人を忘れないように、いつでも見つけられるように「覚えておく」ために、決して変わってはならなかったからこの点だけはガンコになったんだと思う。 

コントラバス、私は好きで研究した、いったい幾ら費やしたんだろう・・ってくらいお金も消えたし、時間も労力も消化した。 私がレッスン料を請求するなら、1時間1万円取る。それでも、私が払った対価にはまだまだ足りない。 しかし、そんな私を知る仲間が、「アドバイスして」といってくれるほどの信頼を表現して付き合ってくださることは「1万円に軽く値する」ので、差し引き0で、無料なわけである。(笑) 私は多分、そこいらの楽器屋よりコントラバスに関してのマニアックな知識を備えている自信もある。もちろん、日本ではコントラバス専門店の弦楽器の山本の山本社長や木本さんにはとうてい足元にも及ばないのであろうが・・ 

しかし、コントラバスの(ちっぽけな・・笑)知識も技術も経験も、 今の仕事のノウハウも学術的知識も人脈も、「すべて」は、中学2年の夢で見た人には絶対的に及ばないのである。ああガンコ。

今、私はガンコにナルっているのかもしれない(笑汗) 
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明日はもしかすると、中学2年の夢で会った人と・・ 明後日は素晴らしい仲間たちと最高の時間を過ごすことになるのかもしれない。
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by sej_utsumi | 2006-06-29 22:12 | Dialy
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