子供の頃の想い出が蘇る

父親は私を雑学漬けにしてくれた、勉強しろと一度も言わなかった、お兄ちゃんだから・・と辛いこと体験した。。 父親の母(私の祖母)は、私を溺愛していたそうだ、母親の両親(私の祖父母)には弟があてがわれた。 父親の母(私の祖母)は私が小学校2年で脳溢血で倒れ、寝たきりの生活のきっかけが始まった・・ 私が中学2年まで・・・ その間、母親の両親(私の祖父母)の家へ帰り、ご飯の面倒を見てもらうという生活が始まった・・ 私がカップラーメンで、弟が具たくさんのお好み焼き・・ というときもあった。 今それを思い出すと辛いが、そのころは何も文句は言えなかった。 両親共働きだったし、カギっこになるのは中学に入ってからだった。 学校が終わって仲間を家まで連れてきてひたすら喋ったり、コーラ飲んだり、コーヒー飲んだりして音楽の話をしたりした・・ ここからスタJのあの和の世界の基礎が出来たのだろう・・・ もし、勉強して、交通事故の寸前にやった試験の結果のままいくと、私は卒業したあの高校ではない、弟と同じ高校へ行っていたのだろう。 そして、誇らしげに「○○回生の」とか言って学校名で人の価値を判断する父親を喜ばせていたのかもしれない。 でも、私は交通事故にあったおかげで、決して得ることのできなかった人とのつながり、本当の愛情、コントラバスとの出会い、絵画での成功、現在の仕事、日本学術会議の貿易学会への正会員への登録、外国のたくさんの友人、語学の探求と、話法の構築が持てたわけだ。 その父親が病院で点滴を受けている姿は初めてみた。 私自身が父親よりも先に、入院、手術を経験しているのだから・・

ちょっと父親の入院のことで最近は気分が滅入ってしまってる。。
笑顔が恋しい、人の優しさが恋しい というなさけない自分がいる。

SEJの大イベントまであと1カ月を切った・・・ がんばらねばと思いながらも、元気が出ない。
明日、明日笑顔をもらって元気になってみよう。 

今日撮った写真と、過去の写真を以下

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そうそう、このブログにSEJログチェッカーなみのアクセス解析を昨日つけた。
だれが見ているかわかるようになったので、ようやく安心してここに書ける。
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by sej_utsumi | 2006-08-10 20:55 | Dialy
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